文化・歴史・教育

2019.03.15

芥川龍之介「二人小町」が映画化、香港で撮影!曽根監督インタビュー

曽根監督 和泉素行

芥川龍之介原作「二人小町」が日本・香港合作で映画化されることが決定し、3月3日から14日まで香港で撮影が行われました。監督は「カメラを止めるな」の撮影担当だった曽根剛、黄泉(よみ)の使いを演じる主演男優は香港で活躍する日本人タレントの和泉素行(SOKO)。全編が香港で撮影され、言語は広東語という異色の日本映画、2020年に日本で公開される予定となっており大注目です。

芥川龍之介の小説「二人小町」の原作では、小野小町の元に黄泉の使いが現れ地獄に連れていく予定であったが小町は拒否。代わりに玉造小町を連れ去ろうとするも、小野小町を連れて行くべきと泣きじゃくり、その姿に心揺れ恋愛感情を抱く。黄泉の使いは二人の小町のいずれも連れ去ることができず30年後に変わり果てた二人の小町に再会。二人の小町はあの世に連れて行ってほしいと頼むが黄泉の使いは拒否し消え去っていくというあらすじ。今回の映画「二人小町」は原作を元とした現代版の「二人小町」になっているのだとか。

映画「二人小町」には、監督の曽根剛、香港の日本人タレント和泉素行(SOKO)のほか、小町役は香港女優の陳漢娜(Hanna)、マカオ出身女優の劉漪琳(Eliz Lao)が演じており、作品演出は「カメラを止めるな!」で主演男優を務めた濱津隆之がおこないました。

香港メディアは香港での撮影中に「13年間香港で生活する、広東語が流ちょうな日本人タレント和泉素行(SOKO)が主役に抜擢!」と大々的に取り上げ、和泉素行氏は取材に対して「この映画を通して香港や広東語を知ってもらいたい」、監督の濱津氏は「海外では初撮影なので緊張しているが楽しみ」とコメントをしました。

今回、撮影終了後の曽根監督と和泉素行さんにインタビューができました。撮影終了後でお疲れだったと思いますが快くお話を聞かせてくださいましたので皆様にご案内します。

(香港BS) 古典的な小説がベースとなっていますが、どうして香港を選ばれたのですか?

(曽根監督) 日本の古いお話がベースなので、日本で撮るとかえって違和感がある気がしました。またこのストーリー自体、30年くらい時の流れがあるので変化があります。そこで、香港を思い出しました。5年前に来たことがあったのですが、昨年香港に来た時に、街の変化が激しく、古いものと新しいものが混在している様子がこの話に合うなと思いました。それに本当に変化が激しいので今撮らないと、また5年後とか言ったらすっかり街が変わって、撮りたいと思う景色がなくなってしまうと思いました。今回の映画で今の香港を撮っておきたいと思います。

(香港BS) 全体的に撮影はいかがでしたか?

(曽根監督) 香港の深水埗(サムスイポー)、荃湾(ツェンワン)、尖沙咀(チムサーチョイ)のプロムナードなど、いろんなところで撮影しました!事前の下見で撮りたい場所がいくつか見つかり、撮る場所を先に決めてシーンを決めたりしました。撮れなかった場所も多いですが。。。

行く先々でメディア取材があり反響の大きさに驚き本当にうれしかったです。プロムナードの撮影でお金をばらまくシーンがあったのですが、取材に来ていた記者の人が一緒に拾ってくれました(笑)

(香港BS) 昨年末にオーディションをされたんですよね。

(曽根監督) そうです。昨年12月です。 知り合いに声をかけただけのオーディションだったので、30人来るかな?と思っていたんですが、実際には400人も来てくれました。とても感謝しています。オーディションに来てくれた人たちの中には日本語ができる人が多くびっくりしました。こっちは広東語全然喋れないのに、すごいなと感心しました。

(香港BS) 日本人役者へのオファーを考えていたのですか?なぜ和泉さんを選んだのでしょう?

(曽根監督) 日本人を入れるとしたら、唯一死神役だと考えていました。死神役は、どこから来たのかわからない方が良かったので、外国人の広東語がイメージに合うかなと。

オーディション前、日本語ができる役者はいないかとネットで調べると和泉さんが一番に出てきたんです。ヘアスタイルや見た目の雰囲気が死神役に合ってると思いました。オーディションで素行くんをみて、実際の演技でも良いなと思ったんです。

あと、香港人の男性はほとんどが、髪が短くメガネをかけていたので、死神のイメージとは違いました。

(和泉さん) ネットで知ってくれたんですか!?ネット時代に感謝ですね!(笑)

(香港BS) ところで今回撮影でお忙しかったと思いますが、香港の食事は楽しまれましたか?

(曽根監督) 今回は時間がなかったですが、下見で香港に来た時に楽しみました。

(和泉さん) 撮影がローカルの麵屋や茶餐廳(香港の大衆食堂)であったので、そういうディープご飯は体験してもらえましたよね。

(香港BS) 和泉さん、今回映画に出られていかがでしたか?

(和泉さん) 撮影はめちゃくちゃ楽しかった!!の一言です! あと、本当にご縁だなと思ってます。5年前の自分だったら広東語がここまでできてなかったのでこの役は無理だったと思います。本当にこのタイミングだから、抜擢されたと思ってます。

(曽根監督) なるほど。

(香港BS) 香港で撮影、全編広東語ですけど、映画は日本でのみ上映されるんですよね?

(曽根監督) そうです。日本で企画された映画なので、まずは日本での公開予定です。もちろんオファーがあれば香港でも上映できます。今回の撮影中、行く先々でメディア取材を受け、驚くほど反応が良くて嬉しかったです。

(和泉さん) すでに多くの香港メディアが興味持ってたみたいですけどね。

(香港BS) 香港での撮影おつかれさまでした。

現在のところ上映は日本のみとなっていますが、香港メディアの反応を見ると香港でも上映される可能性もありそうです。

2017.07.14

マウント・デイビス砲台・堅尼地城(ケネディタウン)の西南

第二次世界大戦

摩星嶺砲台(マウント・デイビス砲台 / Mount Davis Battery)は香港島の最西端に位置する小高い山にある砲台跡地です。1911年にイギリス軍により建築され、第二次世界大戦では重要な軍事拠点でした。1941年に日本軍が香港へ上陸した際に激しい戦いが行われた場所の1つとしても有名です。

マウント・デイビス砲台の登り口は香港島の西の街ケネディタウンを少し過ぎたところにあります。行き方をいくつかご紹介します。

登山口に近いバス停までの行き方。
・ シティバス1番「摩星嶺」行きで「摩星嶺徑」バス停下車
・ シティバス971番で「摩星嶺徑」バス停下車

ケネディタウンまでバスで行き、登山口まで歩く行き方。
・カオルーン&NWFBバスの110番や104番、またはシティバス5B、5X、10の堅尼地城(ケネディタウン)行きに乗り、終点「堅尼地城」で下車。
・域多利道(ビクトリア・ロード)を、山に向かって10分ほど歩くと登り口となる道(摩星嶺徑)に到着。

マウントデイビス砲台入り口

域多利道(ビクトリア・ロード)を進んでいくと山側に伸びる「摩星嶺徑(Mount Davis Path/マウント・デイビス・パス)」があり、頂上まで徒歩約40分程度で到着、綺麗に整備されている道なので歩きやすいです。

道中は廃墟となった砲台跡地や基地と思われる建物が点在しており、また屋根の抜けた男性公衆トイレも存在感があります。どの建物もかなり荒廃しており、大きな木に鬱蒼(うっそう)と覆われている姿は時間の経過を物語っています。時折、山の中に続く細道なども見つけられますが、多くの遺跡はメインの道沿いにありましたので、あえて危険そうな細道に入る必要はないかと思います。砲台跡地はかなり崩れていますが、日本軍の激しい攻撃により破壊された後がそのまま残っているそうです。

トイレ

道なりに突き進んでいくとユースホステル「Ma Hui Hall(馬會堂)」が左手に見えてきます。ここには道中で最も大きな砲台跡地がみられますが、最終目的地はホステルの右側にある坂を更に上ったところにあります。この坂は大砲を運ぶ際に使われたとされていますが、かなりの急こう配で本当に大砲を運べたのかと不思議に思うほどです。登りきるとキャンプ場のような広場があり、更に進むと要塞跡地現れます。

要塞跡地は完全な廃墟であり、司令部とも兵士の居住区とも言われる場所や、弾薬庫のようなところ、防空通路と思われる道などが残っています。第2級歴史建築に指定されている割には説明や案内が全くないため、具体的にどうやって使用されていたのかは想像を膨らませるしかありません。コンクリートの箱のような形で残された要塞跡地はうっそうとした木々の中、シンとした空間の中で香港とは思えない雰囲気を醸し出しています。

イギリス軍が日本軍に降参した1941年12月25日は「ブラック・クリスマス」と呼ばれており、この日からマウント・デイビス砲台は放置されたと伝えられています。一部エリアは「前面危険 ・請勿進入(この先危険・立入禁止)」と書かれていますのでそういった場所には念のため、近づかないほうがいいでしょう。

廃墟

実はこのマウント・デイビス砲台エリアは、日本軍が攻めて多くのイギリス兵が戦死した場所であり、1945年には敗戦を知った日本兵が集団自殺をした場所だとも言われています。そして現在ではこのような背景があることからも、幽霊スポットとして非常に有名な場所になっています。有名な心霊話を挙げてみましたのでご覧ください。

・ タクシー運転手がマウント・デイビス・パスをタクシーで下っていると中年男性を発見。乗車させ、行先を聞いても答えない。マウント・デイビス・パスをおりきったところで行先を再度尋ねようとバックミラーを見ると半透明になった姿があり、驚きながらもそのまま運転を続けると姿が消えた。

・ 夕方からサバイバルゲームを開始、暗くなってきたので暗視スコープをかけてあたりを見ると大勢の人が湧き出るように近づいてきた。驚いて暗視スコープを外すと姿が見えない。また改めてかけてみると、日本の軍服を着た軍人がいた。

また以前、このエリアには「白屋(「白い家」の意味)」と呼ばれる施設があり、こちらも有名な幽霊スポットでした。白屋は第二次世界大戦中は軍事拠点として、戦後は政治犯収容所として使用されました。収容所時代は多くの拷問が行われたと言います。1995年以降は使用されなくなりましたが、その後2013年にシカゴ大学系のビジネススクールが建てられることが決定し現在、校舎建設中です。学校ができた後は新たな幽霊スポットになるかもしれないと噂されています。

香港とは思えない風景が残るマウント・デイビス砲台に一度は行ってみてはいかがでしょうか。

≪マウント・デイビス砲台の場所≫
登山口に近いバス停までの行き方。
・ シティバス1番「摩星嶺」行きで「摩星嶺徑」バス停下車
・ シティバス971番で「摩星嶺徑」バス停下車

ケネディタウンでバスで行き、登山口まで歩く行き方。
・カオルーン&NWFBバス共同運営の110、104やシティバス5B、5X、10で堅尼地城(ケネディタウン)行きで、終点「堅尼地城」で下車。
・域多利道(ビクトリア・ロード)を、山に向かって10分ほど歩くと登り口となる道(摩星嶺徑)に到着。

場所:摩星嶺砲台(マウント・デイビス砲台/Mount Davis Battery)
地図:https://goo.gl/maps/iGEc8FGKeeB2

香港BS K.Kより